Love letter
 
 
 夕方のオレンジ色の光が窓から差し込む放課後。
「……こんな古典的な物で気を惹こうなんて馬鹿だよね」
 机の前で佇む一人の少女。年齢は17歳の髪の長い可愛い感じの子。
 そんな彼女は諦めたようなため息をつきながら手に持つ手紙が入っている封筒を見つめた。
「ありゃ、ミヤっち。まだ帰ってなかったんだ」
 黄昏れる少女の背後からいつの間に入って来たのか陽気な少女の声が降りかかった。
「……!!」
 驚き、慌てて手に持つ手紙を後ろに隠して振り向いた。
「あっ、ユッコ」
 何事もないように微笑むが、ぎこちなさは残っている。
「なぁにその手に持ってるの」
 ユッコと呼ばれた少女は友人が何を隠したのか気になって見つけようとする。
「これは何でもないから」
 ミヤっちは激しく言い返すもただ相手の好奇心をそそるだけに終わる。
「へぇ、何でもないなら見せてよ」
 ニタニタと意地悪な笑顔で迫る。
「気にすることじゃないって」
 必死に応戦するが、どうにも退く様子が無く、手紙を握る手に汗が混じる。
「そう言われると気になる」
 好奇心を抑えることができなかったユッコは強行手段に出た。
「あぁぁ」
 無理矢理、手紙を奪われたミヤっちは虚しい叫びを洩らした。
「ひひ、甘いよぉ、ミヤっち」
 ユッコは意地悪な笑みで悔しそうにする友人をからかった。
「早速、開門」
 封がされていない封筒を開け、中から一枚の便せんを取り出して目を歩かせた。
「もぅ」
 ミヤっちは無理矢理、封筒と便箋をユッコの手から奪い返した。顔は恥ずかしさと怒りで真っ赤だ。
「ラブレターですかぁ。北村への手紙ですかぁ。優しくて愛嬌があるもんねぇ」
 手紙を奪われても遅い。手紙はすっかり読み切ってしまった。
「……」
 ユッコは便箋を封筒に片付けるも黙ったまま。友人とは言え知られたくないことはある。
「早く、北村の机に忍ばせちゃいなよ」
 ユッコは目の前の机に顎で示しながら意地悪な笑みを浮かべている。
「……やめる」
 手紙を見つめながらぽつりと呟いた。友人に見られたからではない。直前になって決意が揺らいだのだ。昨夜、書いている間は夢心地だったが、いざ本番となると違う。
「どうして?」
 いつも陽気なユッコは諦める理由が分からず、訊ねた。自分がからかったからというのは念頭にはない。なぜなら、ミヤっちは文句を言いながらも自分の行為をいつも許してくれるから。
「今時、手紙なんてあり得ない。ダサイし」
 そう言ってミヤっちは友人の手にある手紙を睨んだ。自分の行動が恥ずかしくなった。
「えー、そんなことないよぉ。あたしだったら胸キュンし過ぎて死んじゃうって」
 手紙をかざしながら信じられないというように声を高くする。
「それは、ユッコが馬鹿だから。こんなの入れると月曜の朝は笑い者になる」
 軽い調子が癪に障ったミヤっちはユッコの手から手紙を奪い返した。自分が行動した結果はすぐに分かる。手紙の返事よりも野次の方が早いと。
「馬鹿ってひどいよ。笑い者になんかならないって」
 頬を膨らませ、不満を表しつつ友人を励ます。
「なる」
 ミヤっちの意志は硬い。もう手紙は使わない。
「だったら、告白しなよ」
 あまりのもどかしい様子に嫌気がさしたユッコは肩をすくめながら呆れたように言った。
「無理。そんなことしたらはやしたてられる」
 即答で答えるもあまりにも後ろ向きな答え。ますますユッコは呆れてしまう。
「……ミヤっちはどうしたいの」
 手紙も告白も嫌だというなら何をどうしたいのか他人事とは言えいらっとはくる。
「……ユッコはお気楽で知らないんだよ。こういう事なんか。誰とでもお喋りできてあっけらかんなユッコには」
 あまりにも自分に構ってくる友人が嫌になってきて思わず思いやりのない言葉が飛び出した。
「お気楽って結構、私読書家で勉強もできるけどなぁ。それに知らないって結構知ってるよぉ。ミヤっちの良い所」
 友人の言葉に気分を害した様子もなくユッコは優しく意固地なっているミヤっちを見た。こんなお気楽に見えて割と勉強ができたりするのだ。
「優しいし、手作りのお菓子は最高だし、可愛いし、話していて飽きないし、本でも盛り上がれるし一緒に映画行ったり楽しいし」
 指折りながら友人の長所を次々と並べていくも、ミヤっちの顔は嬉しさも恥ずかしさもなくただの苛立ちしかなかった。自分の言葉が正しく伝わらなかったことへの。
「……私が言ったのはそういうことじゃない」
 握りしめる力が強くなり手紙がますますくしゃくしゃになる。長所とかではない。自分のこの鬱々とした気持ちをこのお気楽者は知らないのだと顔が言っている。
「……冗談。そんなの知ってるよ。そんな切ない片想いみたいなのはミヤっちだけじゃないよ」
 いつもは明るい彼女の顔が少しばかり切なげな色を帯びた。その表情は自分の事ばかりに囚われているミヤっちに少しばかりの後悔を感じさせた。
「……ユッコ」
 言い過ぎたと思っても口にした言葉は返っては来ない。謝りの言葉を口にするよりも先にユッコがいつもの顔に戻り、笑顔をふりまくのが早かった。
「それじゃ、また月曜日にね」
 ミヤっちが謝ろうとしてるのを察して気にしていない様子を見せ、自分の机の中から忘れた教科書を手に取ってそのまま軽やかに教室を出て行った。
「……ごめん」
 教室を出て行くユッコの背中にぽつりと謝った。
 窓から差し込む夕日は相変わらず眩しかった。
 
「……あたしも人のこと言えないもんなぁ」
 学校を出たユッコは駅に向かいながらスカートのポケットから携帯電話を取り出し、送信出来ずにいる宛先未指定のメールを見た。
 本文はたった一言だけ。一言だけでも何千、何万という重さの想いと勇気がこもっている。
「……はぁ」
 ユッコはまた消すことができず、そのまま携帯電話を閉じてスカートのポケットに入れて駅に向かった。
 
「……皺になっちゃってる」
 教室に一人取り残されたミヤっちはしわしわになった手紙を見つめた。こんなに皺だらけの手紙を想い人に渡すにはどうにも恥ずかしい。だからと言って綺麗にして机に忍び込ませる勇気も無い。全て機会を失ってしまった。
「……帰ろう」
 ミヤっちはよれよれになった手紙をスカートのポケットに押し込み、教室を出て行った。