第3章 特別な日
 
 緑豊かな街。どこにでもある平和な所である。
 多くの人が住み、多くの人生がある。
 とある少女もまたどこにでもいる人々の一人だった。
 しかし、ちょっとしたことでそれは特別に変わる。それが本人にとって幸せか不幸せか関係なしに。
 
「早く帰らないと」
 黒髪のポニーテールの少女が通りを走って行く。背中のリュックが上に下に揺れている。
 顔は世界一幸せだと言わんばかりに嬉しそうに輝いていた。
 
 少女の自宅は通りに面した二階建ての家である。
 家に着くなり、母親がいる台所に顔を出した。
「ただいま!!」
「お帰り、キリカ」
 料理の手を止め、学校帰りの娘を迎えた。
「今日の夜ご飯は?」
 リュックを背負ったまま嬉しそうに訊ねる。
「ご馳走よ。今日は、キリカの誕生日だもの」
 今日嬉しいのはキリカにとって特別な日だからだ。
「うんうん。楽しみにしてるよ」
 ニカニカと母親に笑いかけ、自室がある二階に急いだ。
 夕食を心躍らせながら待っていた。
 
 キリカの楽しい夕食。テーブルには母親が力と心を込めた料理が並んでいる。真ん中にはケーキがある。
「十五歳の誕生日、おめでとう!!」
 両親が大切な娘の誕生日を祝う。
「ありがとう!!」
 幼い子供ではないが、誕生日とは嬉しいものである。祝ってもらうとますます嬉しい。
「はい、父さんからプレゼントだ」
 きれいに包装された長方形の箱を娘に手渡した。
「ありがとう」
 受け取るなり、包装を破き、箱を開けた。
「わぁ、私の名前がある。ありがとう!!」
 中に入っていたのは自分の名前が入ったペンだった。父親がキリカのためにと特注で頼んだ世界で一つのペンである。
「そして、十五歳になったキリカにはこれを」
 母親が差し出したのは、革製のケースだった。
「これって眼鏡? 私、視力いいけど」
 ケースを開けると黒縁のしゃれた眼鏡が入っていた。眼鏡を見るなり眉をひそめて母親を見た。
「これはそういうものじゃないのよ。十五歳になったらみんな貰う物でこの街や他の街で決まってて。これは街の外に出る時にいるのよ」
「へぇ、これが」
 母親の説明を聞きながら街の出入り口の門に並ぶ眼鏡姿の人々を思い出す。今日から自分も彼らの仲間入りだ。
「明日休みだし、街の外に行ってみようかな」
 さっそく眼鏡を使いたくてたまらない。自分の知らない世界を見てみたい。新しいことに対しての恐れよりも好奇心が勝っているようだ。
「そうしたらいい。聞くより見た方が早い」
「うん、そうする」
 父親の言葉にうなずき、今日というこの日を喜んだ。
 一日は楽しく終わり、新しい明日のことを考えながら眠りに就いた。
 
 誕生日の翌日、昼下がり。キリカはさっそく街の外に出掛けることにした。
 外には何があるのか分からないが、何かすごいものが待っているような気がしてどきどきわくわくしていた。
「……街の外に行きます」
 リュックを背負った眼鏡姿のキリカはどきどきしながら街の出入りを管理している管理局に個人情報を記載しているカードを見せて書類に名前とカードの番号を書いてから外に出た。
 
「……すごい」
 広がる世界に圧倒される。四方八方、砂、砂、砂。
 青い空に輝く太陽、泳ぐ雲。街の中よりも少し暑い世界。全てが新鮮だった。
 初めての街の外は驚きだった。
 驚きながらもしっかりとした足取りで歩いて行く。
「あれが街かぁ」
 街を目の前にして足を止め、興味の目で街を見上げた。
 初めて見る自分の住み家以外の街。
「……外したら」
 ふと興味を抱き、眼鏡に手を伸ばし、外した。
 ここでまた新たな事実を知ることとなる。
「あれ? 街がない」
 先ほどまであった街がどこにも見えない。ひたすら砂の世界が広がるばかり。
 何かがおかしい。
「……どういう」
 また眼鏡をかけた。今度は確かに街が目の前にある。
 ここで一つの考えが浮かんだが、確信するには確かめる必要がある。
「……これを外したら」
 自分の考えを確かめるためにまた眼鏡を外した。やはり、街はない。
 そして、考えが正しいことを知る。
「眼鏡で街が見えるようになるってことかぁ。どういうことだろう」
 眼鏡奥の黒い瞳に疑問が浮かび、足を速めた。
 疑問の答えがあるだろうと思われる場所に急いだ。
 
 キリカが足を向けたのは街の図書館だった。
 答えがあると思われる本を片っ端から抱え、テーブルに山を作った。
「……えーと」
 分厚い本のページをめくりめくり、答えを探る。
「……大昔、悪者が呪いをかけたため街が砂漠の奥に隠されたかぁ」
「こっちは謎の災厄のせいかぁ」
 書き方は本によって様々だが、内容は大きく分けてこの二つだった。
「どれが本当なのかなぁ。それとも本当は別のにあるのかなぁ」
 呪いや災厄などおとぎ話のように聞こえるが、自分の知らないずっと昔にはあったかもしれないので嘘だとは言い切れないが、本当だとも言えない。
結局、分からないことは分からないままだというのははっきりしている。
「……本当はどうなんだろう」
 この疑問がずっと彼女の心に住み着き、人生までも支配してしまうことはこの時、思っていなかっただろう。
「……もうそろそろ、帰ろう」
 納得できないながらも他の答えを知ることができないのを知り、本を片付け図書館を出た。
 自分の時間が流れている街、両親が待つ家へと向かった。
 
 全ては始まりである。これから訪れる出会いと大いなる選択のための。