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第2章 砂漠の少女達
 
 
 緑豊かな森に人々を生かせてくれるたくさんの畑に賑やかな市場通り、どこにでもある街があった。ただその世界は壁の内側に広がるものだった。
 誰も自分の日常に疑問を持つことはなかった。ある女性もまた大多数の人達と同じだった。
 
「……あぁ」
 何か虚しそうに午後の青い空を見上げながらため息をつく女性がいた。
 20歳ぐらいの若い女性。肩まで伸びる黒髪は後ろで一つにまとめられ、黒い瞳は虚ろだった。そこそこ整った顔立ちは化粧気がない。
「……帰ろう」
 彼女はゆっくりと歩き出した。
 
「ただいまぁ」
 迎える者がいない家に戻って来た。
 ゆっくりと居間に行き、肩にかけていた鞄を床においた。
 彼女は一人暮らしをしている。両親は健在で隣町で忙しく暮らしている。
「ふぅ」
 床に座り、鞄から一冊の分厚い本を取り出した。
 彼女がこの町で一人暮らしをしている理由がそこにある。
 この町は多くの図書館が点在し、様々な貴重な資料を目にすることができるのだ。
「何だかなぁ」
 本を見ていたかと思うと本を持ったまま床に寝た。
「……仕事かぁ」
 ぼんやりと天井を見上げる。
 実家に帰る度に就職しないのかと両親にいつも言われる。
 それが辛い。自分が何をしたいのか何をするべきなのか分からない。
「今のままはだめだけど」
 両親の仕送りで生活をしていることは情けないと思っているが、それでも動けないでいる。
「……はぁ」
 鞄のポケットから黒縁の眼鏡とメモ帳とペンを取り出した。
 ペンにはキリカと彼女の名前が入っている。15歳の誕生日に両親に貰った物だ。
「質問には必ず答えがある」
 キリカには知りたいことがあった。当たり前のことだが、答えが出されていないことを調べていた。それには手にしている眼鏡がとても関係している。
「まだ、時間があるし」
 キリカは立ち上がり、携帯食料や飲料水をリュックに詰めて家を出て行った。
 手にはしっかりと眼鏡が握られている。
 
 彼女が向かったのは街と外をつなぐ唯一の場所、門だった。
「街を出ます」
 キリカは眼鏡をかけて自身の名前や住所など個人情報が記載されているカードを出入りを管理している管理局に見せ、書類に名前とカードの番号を書いた。
 よく見ればキリカと同じように街を出る者は皆眼鏡をしている。
 これだけ多いとただ視力が悪いだけだとは思えない。
 何かがあり、それが街の中心になっているように思える。
 
「……あぁ」
 門を出るなり大きなため息をついた。
 何かに対してむなしさを感じているような気のないものだった。
 気怠さは面白いところが無い砂ばかりの風景にも原因がある。
 そんな彼女の背後から
「よっ、キリカ」
 陽気な青年の声が降りかかってきた。
「あぁ、ルカ」
 ゆっくりと振り返り、片手をあげて挨拶をしてきた青年に声を上げた。
「相変わらず、だるそうだな」
 キリカと同い年の青年は言った。
 薄い金髪に吸い込まれそうな青い瞳をしている。決して美形というわけではないが親しみのある顔立ちをしている。彼もキリカと同じように眼鏡をかけている。
「まぁね。そういうルカは?」
 思い出したように友人に訊ねた。
「俺は隣町に用事があるんだ」
 背負っているリュックを背負い直しながら答えた。
「ふーん」
 深く興味を持ったわけではないらしく軽く流した。
「お前はいつものなぞなぞか?」
 リュックを見ながら言った。
 彼はキリカは妙なことを考えているとしか思っていない。
「まぁね。だって気になるじゃん」
 肩をすくめながら答えた。
「そうか? 眼鏡とかこの世界がどうとか気にしているのはお前ぐらいだと思うけどな」
 多くの人と同じようにキリカの疑問は気にするほどではない些細なことだと思っている。
 そのため、キリカが疑問を持つ理由がよく分かっていない。
「ルカ、全てには存在する意味があるという。私も君も空も石も草も。この眼鏡だって」
 急に真面目な顔になり、青い瞳をまっすぐに見た。
「まぁ、眼鏡は生活に必要だからな」
 鼻あてを上げながら言った。
「そういうことじゃない。どうしてこんな物が存在しているかってこと。そして、この世界のありようが知りたい」
 首を振ってもどかしげに言った。
「……キリカ」
 眼鏡を外し、周りを見渡すキリカを困惑気味に見た。彼女のことはいい友人だと思っているが、こういう普通でないところにはついていけない。
「どうして目の前に砂漠が広がるのか街はどうして眼鏡なしでは見えないのか」
 漆黒の瞳は広がる砂漠をひたすら見つめていた。先に何かがあるかのように。
「それはこの世界が呪いにかかっているからだろう」
 ルカは子供から大人まで知っている一般的な答えを口にした。砂漠と言っても空は青く、太陽は照っていて砂漠特有の暑さはあるが、用意が必要なほど暑いというわけではない。そういう不思議なことからも呪いという言葉が出たのだろう。
「本当にそれを信じているわけ?」
 キリカは少し厳しい顔で友人を見た。彼女も人や本によって知っている。この世界は昔悪者に呪いをかけられたために街は砂漠に隠されてしまったという話や謎の災厄によって砂漠の奥に隠されたという話。眼鏡は砂漠の奥に隠れてしまった街の姿を見ることのできる大事な物である。
「……って言われてもな」
 眉を踊らせ困った声を上げた。彼女ほど興味はないので突っ込まれると困る。
「で、お前はどう思うんだよ」
 これ以上自分に妙なことをふっかけて欲しくないので逆に訊ねた。
「私は何かあると思う。それを知りたい」
 友人の適当に聞いたことにも真面目に答える。
「だから、仕事や学校にも行かずにってか」
 ルカは少し呆れを含んで痛いことを言った。
「厳しいなぁ」
 友人の言葉に困った声を上げた。
 彼女と同年代の者はほとんど就職か学舎に通っている。ルカは学校に通い、充実した毎日を過ごしているという。最初はそれを羨ましいと思ったこともあるが今はそんな気持ちも薄れている。
「厳しいって心配してるんだ」
 呆れ気味のため息を吐き、困った友人の顔を見た。
「それはありがたいけど。自分の問題だから」
 友人の心配はよく分かるし、それを無駄にしていることも分かるが自分のことは自分がよく分かっているので周りからの口が少し邪魔でもある。
「まぁな」
 自分の言葉が邪魔だと知っているのでこれ以上は何も言わなかった。
「じゃ、俺はこれから用があるから」
「うん、じゃ」
 話を終えた二人は別れを口にした。
「その前に親友として言っておくが、あんまり知ろうとしない方がいいかもしれないぞ」
 眼鏡をかける前にルカは友人に忠告をした。彼にとってキリカのしようとしていることは危険なことのように思えてならない。それは彼が他の人達と同じ普通人であるということだろう。
「どうも」
 ルカの忠告を適当に流して見送った。
「さてと、どうしようかな。母さんと父さんに会いに行こうかな」
 友人を見送ってから眼鏡をかけて伸びをした。
「やっぱりやめよう。また、仕事はってうるさいし。それより、図書館に行ってから帰ろう」
 みんなから心配されていることはありがたいし申し訳なく思っているが、もう少しだけ時間が欲しい。
 砂漠の先に街が見えた。眼鏡を外せば消える街にキリカは足を踏み入れ、図書館に直行した。
 
「……呪いかぁ」
 図書館で本とにらめっこをしていた。手元には答え無き質問ばかりが書かれたメモ帳とペンが転がっていた。
「……この眼鏡がどこから生まれたのかも書いてないし」
 テーブルにある眼鏡を睨みながら呟いた。
 この世界のことを知りたいのに全く塵一つも手掛かりを得ることができないでいる。
 それが悔しくてたまらない。
「昔はこんなこと考えなかったのに」
 ぼんやりとする。思い出すのは十五歳の誕生日によってこの世界が自分の目に映るだけのものではないことを知った時の喜びと驚きだった。
 貪るように砂の世界に隠れた街と街をつなぐ眼鏡の秘密を知ろうとしていた。
 そして、知ることができて嬉しかったが、大人になった今ではそれが真実なのか信じられないでいた。
「……はぁ、何かむなしいなぁ」
 本を閉じ、メモ帳を片付けて図書館を出ることにした。これ以上、ここにいても何も分からない。
 もう時間がないような気がしてならない。きちんと自分で生活を支えないといけない。それは分かっているが自分の疑問と心に踏ん切りがつかない。
 図書館を出たキリカはがっかりな足取りで街を出た。
 
 相変わらずの砂の世界。太陽が輝くばかりで雨が降っているのを見たことがない世界。
「……相変わらず」
 眼鏡を外していつもと変わらない砂の世界を見つめる。眼鏡を外して世界と対話をするのはキリカぐらいだろう。
 どんなに睨んでも秘密は現れない。溢れるのは言葉にできない思いだけ。
「……?」
 キリカは首をかしげた。
 今までとは違う風景があった。
 二つの人影がこちらに向かって来る。
「……」
 キリカは目の前に立っている人物に言葉が出なかった。
 異様な風貌の二人組の少女だった。
 左の十七歳ぐらいの長身の女性はショートカットに長いマフラーで口を隠している。右側の十歳ぐらいの少女は可愛らしい服装で目隠しをしている。二人は手をつなぎ、キリカを見てる。そう見えたが言葉が出なかった。
「あたしはシュナ、隣はヴァナ。名は?」
 目隠しの少女が口を開いた。外見通りの小鳥がさえずるような可愛らしい声だった。
「……キリカ」
 思わず名乗ってしまった。
 名乗ってから目の前の人物は自分の頭の範疇を超えている。何があるか分からないというのに不用意に名乗ってしまったと思った。
「キリカ、か。良い名前ね」
 シュナと名乗った少女は口元を綻ばせた。きっと目隠しの下は優しい目をしているだろう。
「君は何者?」
 眼鏡を握りしめ、小さな勇気を振り絞って訊ねた。
「あたしは二人で一人。ヴァナの目はシュナの目。シュナの口はヴァナの口」
 ゆっくり繋いでいる手を見せ、妙なことを口にし、説明とする。
「そういうことではなく……」
 キリカの聞きたかったことは彼女達がどこから来たのかであって異様な風体の説明ではない。
「この世界を知りたい?」
「へっ!?」
 少女の唐突の言葉に間抜けな声を出した。異様な人物の異様な言葉、冷静に考えれば有り得ないことではない。
「知りたい?」
「……知りたい」
 シュナはもう一度キリカに訊ねた。彼女は巡り考えた末の答えを口にした。
「この眼鏡のことも何か分かる?」
 眼鏡を少女達に見せながら訊ねた。興味が恐れに勝っている。
「眼鏡ね。分かるよ。とても大事なこと」
「大事なこと?」
 ヴァナの虚ろな目が眼鏡を見下ろし、シュナの声には気がどこかに行った感じがあった。
「知らなくていいこと。それが本当の大事なこと」
 虚ろな言葉は空気に拡散し、キリカの耳に小さく入る。
「それで」
 長年の興味に答えができる時がきた。唾を飲み込み、心臓が緊張で速くなる。眼鏡を握る手に心なしか力が入るが、シュナの答えは予想外のものだった。
「教えない」
 はっきりとした言葉が砂漠に広がる。
「えっ?」
 シュナの言葉に思わず、声を上げてしまった。自分の聞き間違いだろうか、顔を驚かせ目隠しの少女を見た。
「答えが早かったから教えない」
「えっ」
先ほどまでとは打って変わって子供らしい悪戯っ子のような声で答えた。
 眉を寄せ、予想外のことに対応しきれいないでいる。
「考えた末の答え? 何かを代償にしてもいいの?」
 キリカの困惑など気にもせずに真剣な声で訊ねる。
「……それは」      
 言葉に詰まる。考えれば彼女の言葉ほどの強さが自分にはないような気がした。何かを犠牲にしてまで知りたいと思っているのか分からない。
「そんなことで考えているようならだめね」
 軽く息を吐き、二人の少女はキリカに背を向け去って行った。
「ちょっと」
 二人を止めようと必死に声を上げるが、止めることはできず、ただ一人砂風の中立ちつくしていた。
「……帰ろう」
 しばらくして、キリカは心のモヤと重い足を引きずって自宅に戻った。
 どうすればいいのか分からない。ただ、自分の心と話し合わなければならないことだけは分かる。
 
 異様な出会いから数週間が経った。街の外に出掛ける度に例の二人組を探すが、なかなか出会うことができず、キリカは探すことに疲れ、自宅でシュナの言葉を考えていた。
「この世界の秘密、眼鏡の秘密かぁ」
 ぼんやりとベッドに寝っ転がり、天井を見上げた。
 何日も経つのに昨日のことのように鮮やかに不思議な出会いを思い出す。
 いつものように過ぎ去っていくはずの毎日でなくなった今、どうすればいいのかを考える必要があった。この先のこと自分の心、何が自分にとって一番なのかを。
「……知りたい」
 キリカは胸に手を当て、目を閉じた。胸の奥に潜む本当の気持ちを呼び覚ますかのように。
 彼女のこの気持ちが呼んだのか数日後、再び出会いが訪れた。
 
「また会ったね」
 ヴァナの虚ろな瞳が漆黒の瞳を見つめ、シュナの優しい声が耳に入る。
「……教えて欲しい。秘密を」
 小さく深呼吸をし、胸に抱いた答えを口にした。緊張で顔が強張っている。
 これが最後のチャンスかもしれないと思うと眼鏡を握る手が汗ばんでくる。
「どうして? 知らなくても生きていくことはできるよ」
 口調は優しいが明らかにキリカの気持ちを確かめている。
「それじゃ、だめ。私は自分の存在を知りたい」
 首を振り、自分の気持ちを表すに適した言葉を選び強い意志と共に口にする。
「それはどういうこと?」
 以前と様子の違うキリカに興味を抱き、先の言葉を促す。
「世界を知ること、眼鏡の秘密を知ることは私がどうしてこの世界にいるのかを知る手掛かりになるかもしれないから」
 ずっと求めていた答えが何のためなのかをこの日まで考え、出た答えがこれだった。
 砂の混じった風が吹き、今が現実であることを教える。
「本当にいいの?」
「本当に」
 知る覚悟を決めたキリカは真っ直ぐに見えないはずのシュナの目を見た。
 唾を飲み込み、これから起こることに緊張を隠せないでいた。
「……分かった。教えてあげる」
 少しシュナの声の温度が下がった。
 これから口にする言葉のせいなのかもしれないが、空気がますます重たくなる。
「この世界は滅んだの」
 彼女達だけが知っている秘密を口にした。それはキリカの質問の答えでもあった。
「……滅んだ?」
 自分の耳がおかしいのか聞き返した。全く現実感のない言葉。
「そう、この世界は滅んだの」
 もう一度、はっきりと言葉にした。彼女に間違いではないことを教えるために。
「じゃ、どういうこと? この砂漠が本当の姿? それとも」
 鼓動が予想外の言葉に速くなり、心が落ち着かない。今いるここが幻というのだろうか。何もかもが分からなかった。自分が歩んだ人生が否定された気がしてならなかった。
「全てが本当の姿」
 首を振り、キリカの言おうとした言葉を否定した。
「それじゃ、眼鏡の意味は?」
 眼鏡を握る手を強くしながらもう一つの疑問を口にした。
「それは順を追って話すから待って」
 急かすキリカを落ち着かせ、自分のペースで話し始める。
「この世界は滅んでしまった。どうしてなのかはもう忘れちゃった。ずっと大昔のことだし忙しかったから」
 シュナは見えぬ目を空に向け、懐かしむ声で語り始めた。遠い時間に埋もれてしまった自分達の時間も。
「でも滅んだのならどうして私がここにいるの? これも幻?」
 シュナの懐かしむ気持ちなどキリカにとってはどうでもいい。彼女が知りたいのはどうして自分がここにいるのかということである。
「……滅んだ後、世界を再生しようとあたし達は動いた」
 顔をキリカに戻し、話を続けた。
「……どういう」
 言っている言葉が分からず、聞き返した。
「滅ぶ前と同じにしようとした」
 キリカの知りたかった答えを口にした。
「同じように?」
 周りを見渡し、自分の街を思い出しながら訊ねた。まだ、いろいろと疑問のモヤが晴れずに残っている。
「そう、滅んだ人を蘇らせ、草木や空に天も蘇らせる」
 シュナはしゃがみ込み、手で砂をすくった。指の間からサラサラとこぼれ落ちる。全てが現実である。
「人を蘇らせることはできたし、彼らの住む場所も元通りにできた。だけど、生活範囲だけで世界全体を元に戻すことはまだできてない」
「でも砂漠が」
 キリカもしゃがみ込み、砂に手を埋める。太陽に照らされ熱を持った砂の感触が手に伝わる。感触は現実のものである。
「この砂漠はとりあえずのしのぎ。あなた達が他の街に移動するための道が必要だったから。まだここと街は繋がっていないの。ここが再生できてから全てを繋げようと思っていたから」
 すっと顔を伝っているヴァナに向けた。ヴァナはじっと感情のない目でシュナを見ていた。
「繋がっていない、ってことはこの眼鏡は」
 聡いキリカは眼鏡とこの世界とのつながりに気づいた。
「そう、この眼鏡は街と繋げるための物。大事な物。これを普及させたのはあなた達に混じったあたしの仲間が広めたの。そして、広め終えてからこの地を去った」
 うっすらと寂しげな声が彼女の今の気持ちを表した。
「みんな去ってしまった。この世界の再生計画は中止だと。また、滅びる可能性があるからと」
 多くの仲間の顔が思い浮かび、消えていく。全てが昔という時間に葬り去られた。何もかもが遠い。
「…………」
 言葉が出ず、見合わせる二人の少女の顔を見つめていた。自分と住む場所が違う彼女達の事情は分からないが、寂しいということは空気から読み取ることはできる。
「そう。でも、あたしはそう思わない。始まりがあれば終わりはある。この世界、悪いものばかりじゃない。青い空に人間の楽しそうな笑い声、いいこともある」
 ヴァナから顔を離し、立ち上がって吹き通る風に心を向けた。
 何もかもが消えたわけではない。どんなことが起きても何かは残る。
「じゃぁ、もしかして今いるのは」
 キリカも立ち上がり、二人の少女を改めてみた。
「そう、あたし達だけ」
 言葉には明るさも暗さもなかった。ただ、事実を述べるだけだった。
 それがまた深い悲しみを感じさせずにはいられなかった。
「そう、それをどうして話してくれたの?」
 かける言葉を失いつつも肝心なことに気づき、口にした。
「どうにもならないことだからこそ誰かに話したいこともあるの。あなたはこの世界について知りたがっていたから」
 憂いを含んだ声が見えない彼女の悲しげな瞳を見せる。
「……確かにそうだけど、これからこの世界はどうなるの?」
 どれだけ少女達が生きてきたのかは分からないが、悲しみがあることだけは分かる。それも自分にどうすることもできないことも。
「分からない」
 キリカの質問にはっきりと答えつつも彼女の納得のいく答えではなかった。
「あなたはどうしたい? この世界、あった方がいい?」
「……それは」
 逆に問われ、言葉に詰まった。何十年間生きていて良かったことも悪かったこともあり、どちらかに決めることは到底できない。
「分からない。無くなればいいと思う時もあるけどあってよかったと思う時もある」
 正直な気持ちを言葉にして二人の少女の反応を見る。
「……そう」
 がっかりさも納得さもないうなずきをし、じっとキリカを見る二人の少女。
「でもそういうものじゃない? どんなものだってこの世界だって光あれば陰がある。いいところも悪いところもある。二面性があるものじゃない」
 言葉を少し多くして何とかして心にあるものを伝えようとするが、相手に伝わったどうかは分からない。
「それが分かれば、こういうことにはならなかったかもしれない」
 遠い過去の風が横を通り抜けていく。始まりがどこだったのかは忘れてしまったが、キリカの言葉にはうなずけるところがあった。記憶の底にそういうことがあったのかもしれない。
「世の中には正しいとか正しくないとかない。価値観でしかないから、あるのは事実だけで」
 存在するのは今こういうことが起きているという事実だけでそれに対しての善悪などの価値観は人がつけたものであって最初からあるものではない。
「もっともな答え」
 シュナはうなずいた。
「それであなたはどうする? 本当のこと知って」
 少し間を置いてからまっすぐな言葉をキリカに投げかける。
 これからのことを決める質問を。
「どうするってどういうこと? 何か選択することでもあるの?」
 眉を寄せ、予想外のことに困った。
「もし、この世界の外に出たければ、連れて行くよ」
 言葉は優しいが厳しい選択。キリカのこの先の人生が決定づけられる難しい選択である。
「外?」
 耳を疑った。魅力的な言葉が確かに自分の耳に入ってきた。
「様々な答え無き質問に答えがある場所。この世界に満ちる全ての謎に対しての答えがある所」
 唇の端を持ち上げながら言った。以前のキリカなら信じはしないが、今は信じ迷う。
「……すごい」
 素直な言葉が口から洩れる。心に宿る興味の蝋燭が勢いよく燃え上がっている。
「……でも、迷う。今すぐに答えを出せっていうのは無理。私、優柔不断だから」
 感動からすぐに選択の厳しさに気づき、濁った言葉になる。
 自分の人生なのだから自分の好きなように生きていけばいいが、何を望んでいるのかがはっきりしない。まだ捨てきれないものが彼女にはある。
 それは両親や友人、この先出会うであろう人々や出来事だった。今選んでしまうと必ずどちらかの未来を失ってしまう。それが今はたまらなく惜しく思えた。
「そうなの。でも、決めないとあなたは知ったから」
 笑みは消え、キリカの心に言葉を刻み込む。逃れることのできない選択であることを彼女に分からせる。
「……だったら、次ここで君達に会った時に答えを言うよ。それじゃ、だめかな」
 逃れられないことを知りつつも少しでも時間が欲しい。まだ捨てるには時間がなさ過ぎる。彼女がした覚悟もそこまでは保たない。
 緊張しながらシュナの言葉を待つ。
「……分かった。それでいいよ」 
 予想外の軽い答えだった。
「……ありがとう」
 命でも取られるのかと思っていたのかと言うほど目に見える緊張を解き、ほっとしていた。
「それじゃ、またいつか」
 時間は別れを告げ、二人はゆっくりと砂漠の先に消えて行く。
 去り際、虚ろなヴァナの目が少し優しさの光が宿ったように見えた。
「うん、またいつか」
 手を振りながらも眼鏡を握る手には汗にまみれていた。
 全てが終わり、これから決めなければならない。
「……はぁ、何かすっきりしたようなしなかったような」
 大きな息を吐きながら胸に手を当てて好奇心の獣がまだ唸っていることを感じる。この獣はなかなかしぶとい。獲物を見つけたのだから。
 そして、改めて自分が置かれた立場を知る。
 これからこの世界がこのままなのか変わるのかも彼女達は口にしなかった。 
 そして、自分もこれからのことを決定しなかった。
 持ち越しをしただけでいつかは決めなければならない。
 それが明日なのか十年後なのかそれは分からないが、どうなっても受け入れなければならない。自分が口にしたように価値観を持って事実を受け入れなければ。
 
「……これからどうしようかな」
 キリカは青い空を見上げた後、眼鏡をかけて街に戻って行った。
 まだ一日は残っている。